大河ドラマで注目!近江生まれの補佐役、石田三成と藤堂高虎

2026年01月01日

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2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK)。「天下一の補佐役」といわれている秀吉の弟・豊臣秀長が主人公です。補佐役といえば、豊臣兄弟に仕えた滋賀県(近江)生まれの武将、秀吉に仕えた石田三成と秀長に仕えた藤堂高虎。対照的なふたりの歩みを県内のゆかりの地を巡りながらご紹介します。

緑文字石田三成に、青文字藤堂高虎に関わることです。

1560年

現在の長浜市に次男として生まれる。曲がったことを嫌い、規律を重んじる生真面目な性格だった。観音寺で小僧をしていたころ、喉が渇いていた初対面の秀吉に、三成はぬるめ→やや熱め→熱めと3段階でお茶を出す巧みなもてなしを見せた。この「三献の茶」をきっかけに秀吉に仕えることとなる。

観音寺
秀吉にふるまった水を汲んだとされる古井戸が残る

観音寺

1556年

現在の甲良町に次男として生まれる。生まれつき体が大きく、3歳の頃には餅を5つ6つ食べることも当たり前であった。短気で乱暴、負けず嫌いで、怪我をしても決して痛いとは言わなかった。
当初は浅井長政に仕え、「姉川の戦い」で初陣を飾り、その後の「宇佐山城の戦い」でも武功を挙げ、才能を見せた。しかし、揉め事を起こして逃亡し、その後も2人の武将に仕えるがしばしば衝突を起こした。一時は織田信長の甥である織田信澄にも仕えたが、長続きしなかった
とされる。しかし、秀長に仕えることとなった以降は秀長の死去まで長く仕えた。

在士高虎公園
甲良町には高虎の騎馬像や、高虎が大坂城再築に際し切り出したものの使われなかった残念石がある

高虎公園

豊臣兄弟に仕えた2人。秀吉や信長の城で出会うこともおそらくあったかも?

長浜城

秀吉が初めて築いた城。城の完成にあわせて、秀吉が地名を「今浜」から「長浜」へ改めた。秀長が城代を務めることもあった。現在は城郭型の歴史博物館が建つ。

安土城

豊臣兄弟が仕えた信長の城。
城跡は国指定特別史跡として残り、伝羽柴秀吉邸跡が整備されている。

三成は戦前には敵情や地形・気候を調べ、秀吉の作戦立案を支えた
また戦場では最前線で槍働きも見せた。

高虎は敵の猛将を銃撃して敗走させたことで、大いに評価された。

賤ヶ岳

豊臣兄弟が柴田勝家に勝ち、天下への道を切り開いた戦いの場。
現在では、琵琶湖と余呉湖の景観や史跡をめぐる多彩なハイキングコースが整備されている。

琵琶湖八景の1つにも数えられている

また、賤ヶ岳の戦いで秀長が本陣を構えた田上山砦跡は賤ヶ岳が目の前に広がり、当時の戦いを感じられるスポット。昨年木々の伐採等の整備が行われた。

三成は太閤検地刀狩令など、秀吉の重要政策に関わる。初めて大将に任命された忍城攻めでは秀吉の戦略であった水攻めに反対し、実際に水攻めでは落ちなかった。また、秀吉の天下統一後には佐和山城の城代を務めた。その後、豊臣兄弟の甥で秀吉の養子であった豊臣秀次の死後に正式に佐和山城主となった。

佐和山城

佐和山城趾

「築城名人」として知られる高虎。秀吉が秀長に命じた和歌山城の築城で普請奉行に任命され、初の本格的な築城を担当した。また、徳川家康の屋敷・聚楽第の設計にも関わり、警備上の問題点を見抜いて独断で図面を変更し、その費用は高虎が負担した。

各々の分野で活躍し、豊臣政権を支えた2人。しかし、豊臣兄弟の死後、高虎は家康に仕え、敵対することとなる。高虎ら含む7名の武将が三成の殺害を企てた七将襲撃事件も発生した。

大蛇の岩窟

関ヶ原の戦いに敗れた三成は母の故郷であり、自らも幼少のころ過ごした法華寺のある古橋まで逃げのび、村民により大蛇の岩窟に匿われた。しかしその後捕らえられ、処刑前には大津城にさらされた。

大蛇の岩窟

大津城

大津城でさらされていた際、三成は敵軍の武将らから罵倒、叱責された。しかし、高虎は三成に「我が隊と戦った際、何か問題はあったか」と尋ねた。三成は「鉄砲隊の統率が十分でなかったため、優秀な人材を指揮官に登用してはいかがでしょう」と答えた。これを受け、高虎は鉄砲隊の指揮官に高級武士を充てたところ、各段に動きがよくなった。

国友鉄砲の里 (国友鉄砲ミュージアム)

秀吉、三成らの保護を受けた、鉄砲の日本三大生産地の1つ。賤ヶ岳の戦いや関ヶ原の戦いでも国友の鉄が使われていた。現在は博物館が建つ。

龍潭寺

境内には三成の供養碑がある。毎年4月に行われるだるま祭りでは、何千ものだるまが並ぶ。

三成座像
龍潭寺から佐和山城跡へといたる参道にある三成の座像

膳所城

後に江戸城や大坂城が続く天下普請の第1号であり、高虎が基本設計を行った。現在は膳所城跡公園として整備され、春には桜の名所として花見客を多く集める。膳所神社などに移された城門は重要文化財に指定されている。

島左近

近江出身?三成に破格の待遇で迎えられ、側近となる。

池田景雄

甲賀郡池田村出身。秀長に仕え、イ草の生産地として知られた浅小井の城に居城。

羽田正親

蒲生郡上羽田村出身。秀長の筆頭家臣で、賤ヶ岳の戦いでは賤ヶ岳砦を守った。

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