取材者:
中西 優奈(立命館大学大学院 生命科学研究科2年)
2022年11月30日、日本各地で伝承されている「風流踊」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。ユネスコ無形文化遺産に登録されることで、忘れられていた地方の文化が再び注目・評価されることが期待されます。今回登録された「風流踊」の中で、今回は草津市や栗東市に伝わる「近江湖南サンヤレ踊り」と、守山市や甲賀市、竜王町、東近江市に伝わる「ケンケト祭り長刀振り」についてお話を伺いました。どちらも長い歴史を持ち、その地域を築いてきた“祭り”という大切な行事の一部です。それぞれの踊りに込められた意味や、次世代に受け継いでいきたい想いをお伝えします。
近江湖南サンヤレ踊り
近江湖南サンヤレ踊りについて、草津のサンヤレ協議会の長束廣司(なつかひろし)さんにお話を伺いました。
サンヤレ踊りとは?
近江湖南サンヤレ踊りのなかでも草津のサンヤレ踊りは、草津市矢倉、下笠、片岡、長束、志那、吉田、志那中の7つの琵琶湖岸を中心とした地域で踊られており、室町時代に都で流行した風流踊りの系譜を引いた芸能です。それぞれの地域で振り付けや衣装に特徴がありますが、地域共通で踊りの中に出てくる「サンヤ−レ」という節から名付けられています。そして、サンヤ−レは「幸(さち)あれ」が語源であると言われています。踊りには災害除けや豊作などの願いが込められており、5月3日に奉納します。
サンヤレ踊りは、災害や飢饉などを乗り越えて、農作に対する感謝の気持ちを行動にして受け継がれてきました。踊りには当時の民衆の魂や心の叫びが込められています。
サンヤレ踊りを次世代に、そしてまずは草津市全体に伝えていきたい
サンヤレ踊りには小学生から60代までの方が参加しており、それぞれの地域で本番に向けて練習が行われています。発祥から500年という長い間、サンヤレ踊りは人から人に伝えられてきました。しかし最近では、指導者の高齢化や、地域行事に興味を持ち「踊りに参加したい」という子どもの数が減っていることが課題となっています。「昔のように、多くの人が地元で行われる祭りに興味を持ち、踊りを練習するのも遊びの一環として親子で楽しんでもらいたい」とおっしゃる長束さん。ユネスコ無形文化遺産に登録されたことは「地元の踊りが世界に認められた」と地域の誇りとなるとおっしゃいました。
このサンヤレ踊りは、草津でも西側の地域では昔から親しまれ、地域に根付いた祭りだったとのことですが、東に行くと名前も知らない方がいらっしゃるとも伺いました。本登録をきっかけに地域住民から「サンヤレ踊りを続けていきたい、興味を持った」という気持ちが広がり、地域が一体となって、次世代へ継承されていくことに期待が寄せられます。
近江のケンケト祭り長刀振り
近江のケンケト祭り長刀振りについて、下新川神社伝統文化保存会・事務局長の森田雄さん(もりたたけし)さんにお話を伺いました。
ケンケト祭りとは?
近江のケンケト祭り長刀振りのなかでも、守山市幸津川町では、5月3〜5日にかけて下新川神社の春の例大祭(すし切りまつり)が行われます。すし切り祭りの際に、諫鼓(かんこ)の舞や長刀(なぎなた)振りがとともに執り行われます。すし切り神事では、裃姿(かみしも)の若者が真魚箸(まなばし)と包丁を使った「包丁式※」という方法で、手が触れないように鮒ずしを切り分け、神饌(しんせん)として神に献上します。
諫鼓の舞は男性の面と女性の面をかぶった踊り子が求愛をするような表現があり、子孫繁栄などの願いが込められていると言われています。ユネスコ無形文化遺産にも登録された「長刀振り」は20人ほどの少年たちが長刀の上を飛び越える、放り上げて受け取るといった演技を披露するものです。長刀は森田さんが子どもの頃は、一家に1本、伝統的に受け継いだ本物の長刀を使っていたとのことで、その当時の迫力はすごかったと伺いました。
*包丁式
直接、魚鳥(ぎょうちょう)にふれることなく、客前で行う儀礼的調理方法。平安時代より伝わり、初めは、宮中の行事であったものが、室町時代の頃から、武家にも広まった。
みんなが帰ってきたくなる祭りにしたい
すし切り祭りなどは伝統的に続く中、「ケンケト祭り長刀振り」は踊り手である子どもが少なくなってしまい、一時存続の危機にさらされたと伺いました。そこで子どもたちに祭りの楽しさ、村のみんなで結束して作り上げる達成感を伝えていきたいと、3年前からケンケト祭りの伝承や活性化の取り組みを始められました。しかしこの2年間、新型コロナウイルス感染拡大の影響で祭りの中止や規模の縮小を余儀なくされました。そんな中でも、子どもたちに祭りの楽しさを伝えていくため、年間を通して長刀教室を開催するなど、来年の開催に向けて準備が進められています。
「祭りの楽しさや達成感を知った子どもたちが大きくなった時、村を離れてもケンケト祭りのときはみんなが帰ってくるような行事になることで、希薄化している地域のつながりを取り戻していきたい」と森田さんより熱く語っていただきました。
2つの取材を通して
今回は地域に伝わる2つの踊りとその祭りについて、お話を伺いました。
両方の祭に関する話に共通していた点は、「昔は地域・村にとって“祭”という存在が楽しみで身近なものであった」ということ、そしてその中で踊りを披露できることに誇りややりがいを感じていたことです。しかし現代では、若い世代の人たちは生まれ育った地方を離れ、都市部や駅前などの利便性の高いところに住み、都市部と変わらない生活を送るようになりました。その結果、地域とのつながりが薄れてしまい、昔の人たちのように祭で感じていた「誇りややりがい」を感じることが難しくなっていると感じました。
一方で、子ども目線では、祭をやりきった達成感やそれまでに至るための練習などを通じて、地域の一員として自らを高めていく機会になる事が、お二人の話を伺う中で非常に共感しました。更に、すし切り祭りについては、最初は渋々参加していた大人も、終わる頃には「人生でこれを体験できて本当に良かった」とほとんどの方が感じていると伺いました。
現在では、少子高齢化などの影響で、継承にはたくさんの壁があるという現実を切実に感じました。そんな中でも関係者は「続けていきたい、絶やしてはいけない。しかし伝統であるというだけで、何も変われない祭では誰も楽しいとは思えない。皆が良いと思える環境を創り上げていく。」と熱心に話されます。この話から、長い歴史の中で積み上げられてきた祭への魂を背負っているように感じました。実は我々若者、そして大人は祭りを食わず嫌いしているだけではないのでしょうか。実際、私も大学への進学を機に草津市に来るようになりましたが、今回の取材や調査を通じて初めて、取材した二つの祭だけでなく、自分の住んでいる地域の祭も知ることができました。
ユネスコ無形文化遺産の登録をきっかけに、日本全国の「風流踊」が世界から注目されることが期待されます。それをきっかけに、これから地域を担う若い世代が地元や祭りに誇りを持ち、次世代に受け継いていくという、昔からあった文化継承のあり方を取り戻せるのではないでしょうか。