
琵琶湖の北部に位置する、切り立った岩壁に囲まれた小さな島、竹生島(ちくぶしま)。
古来から「神の棲む島」と呼ばれ、様々な信仰を集めてきました。今では港から約30分の船旅で行けるこの島には、どんな魅力があるのでしょう。神秘的なこの島の魅力を紐解いてみました。
Point 1:水の女神が棲む、琵琶湖の聖地

古来からの信仰
竹生島信仰の始まりは奈良時代、僧・行基が四天王像を安置したこと※1とされています。島の名は「斎く(いつく=神に仕える・あがめる)島」に由来し、「いつくしま」が「つくぶすま」と変じ、さらに「竹生島(ちくぶしま)」になった※2といわれます。
古代より、この島は「琵琶湖の神が棲む島」として、雨乞い・航海安全・豊穣を祈る場として崇敬されてきました。島全体が花崗岩の一枚岩からなり、切り立った岩壁で囲まれている※1という地形そのものが、神秘性を物語っています。湖面から突き上げるようにそびえる島影は、まさに「水の神の宿る場所」として特別視されてきたのです。

日本三大弁天と琵琶湖の名の由来
平安時代に入って神仏習合が進む中で弁才天を祀るようになり※2、竹生島の弁才天は江ノ島、厳島と並んで日本三大弁天の一つ※1に数えられます。その中でも最も古い歴史を持つことから「大弁才天」と呼ばれています。
じつは、琵琶湖という名前の由来も、この竹生島にあるという説もあります。弁才天が持つ琵琶から連想が生まれ、この島を囲む湖の形が琵琶形をしているという認識が広まり※2、やがて「琵琶湖」という湖名が生まれたというのです。

今も続く、水への祈り
竹生島の中にある、都久夫須麻(つくぶしま)神社。その断崖に張り出した竜神拝所では、かわらけ(素焼きの皿)に願い事を書いて湖に向かって投げ、鳥居を通せば願いが叶う※3という体験ができます。船でしか渡れない島で、湖上から参詣し、水の女神に祈りを捧げる――古来から続く「水を渡る祈り」が、今も受け継がれています。
Point 2:戦国武将が祈った”天下の聖地”

織田信長と浅井氏の竹生島
戦国時代、北近江を治めた浅井氏は竹生島を厚く庇護しました。浅井久政・長政父子は、島が大火に見舞われた際に都久夫須麻神社本殿の再建を支援した※4とされています。
姉川の戦いで浅井氏を破った織田信長も、竹生島に参詣しました。天正9年(1581年)、信長は竹生島詣でを行ったと『信長公記』に記されています※4。安土城から水陸合わせて片道約60キロの道のりを、その日のうちに往復した※5という記録は、信長の並外れた気力を物語るエピソードとして知られています。
豊臣秀吉・秀頼との深い縁
竹生島と最も深い縁を持つのが、豊臣秀吉です。長浜城主として初めて居城を持ったこの地を、秀吉は終生大切にし続けました。秀吉の没後、慶長7〜8年(1602〜3年)、豊臣秀頼が荒廃していた宝厳寺の伽藍整備を目的に、京都の豊国廟から唐門や観音堂を竹生島に移築しました※6。

女性たちが支えた祈りの島
興味深いのは、明治時代まで女人禁制だった竹生島が、実は女性たちのあつい信仰に支えられてきたという事実です。永楽元年(1558年)の火災後、宝厳寺の復興を支援したのは秀吉の正室・寧々でした。寧々が城内で女性たちから寄付を集めた記録が『竹生島奉加帳』に残されています※7。寧々や浅井三姉妹など、多くの女性たちが弁天様を深く信仰し、島を守ってきたのです。
Point 3:大阪城の遺構が語る、祈りの美学
幻の大坂城、唯一の遺構
参道の階段を降りた先に現れる、黒漆に金箔が鮮やかな国宝の唐門。2006年、オーストリアで発見された屏風絵により、この唐門が豊臣秀吉が築いた大坂城にあった極楽橋の一部であることが判明しました※6,8。慶長元年(1596年)に大坂城の極楽橋として建造され、秀吉の死後、京都・豊国廟に極楽門として移築、さらに慶長7年(1602年)に竹生島へ再移築されました※9。
大坂夏の陣で大坂城が灰燼に帰した今、豊臣期の大阪城の遺構として現存する唯一のもの※10がこの唐門なのです。2020年春、6年にわたる修復を終え、当時の鮮やかな色彩が甦りました。

秀吉の船と伏見城が今も
唐門から続く舟廊下(重要文化財)は、秀吉の朝鮮出兵時の御座船・日本丸の船櫓を利用して造られた※11と伝わります。そして都久夫須麻神社本殿は、秀吉が造った伏見城の勅使殿を移築したもの※12とされています。竹生島には、大坂城、伏見城、秀吉の御座船という、豊臣の栄華を象徴する三つの遺構が今も息づいているのです。

時代を超えた祈りが重なる場所
古代からの水の女神・弁才天信仰、戦国武将たちの祈り、そして桃山文化の粋を集めた建築――時代を超えた祈りが幾重にも重なり合う場所。それが竹生島です。
湖上クルーズで訪れる聖地


こんな魅力的な島ですが、長浜港(長浜市)もしくは今津港(高島市)から、船で約30分。彦根港(彦根市)からなら45分の船旅を楽しめます。湖上クルーズを楽しむだけでも満喫できるスポットです。
戦国の滋賀には、こうした歴史の奥深さを秘めた場所が数多くあります。こういった歴史を紐解きながら、戦国の滋賀を再発見してみるのも良いかもしれませんね。
竹生島へのアクセス
・長浜港から約30分
・今津港から約30分
・彦根港から約45分
拝観料:大人400円
※船の予約は琵琶湖汽船ホームページから
参考記事 URL
※1 竹生島 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/竹生島
※2 「歴史地名」もう一つの読み方:ジャパンナレッジ 第66回 竹生島 https://japanknowledge.com/articles/blogjournal/howtoread/entry.html?entryid=75
※3 パワースポット「竹生島」の観光情報|びわ湖クルーズ周辺観光|琵琶湖汽船 https://www.biwakokisen.co.jp/tourist_info/tourist_area_cat/chikubushima/
※4 戦国武将も愛した神の島「竹生島(ちくぶしま)」を後世に残したい! | ふるさと納税サイト「さとふる」 https://www.satofull.jp/projects/business_detail.php?crowdfunding_id=29
※5 【戦ヒスまんが】信長怖すぎ!?竹生島参詣(1581年)における女房衆の成敗事件とは? | 戦国ヒストリー https://sengoku-his.com/509
※6 滋賀県湖北の城下町長浜と「神の棲む島」竹生島。豊臣秀吉にまつわる不思議な縁 | 和樂web https://intojapanwaraku.com/rock/travel-rock/141311/
※7 竹生島・宝厳寺 ~西国第三十番札所~ │ 住職語り 『面白の島の四方山話』│女性たちの島 https://www.chikubushima.jp/story/story1.html
※8 竹生島・宝厳寺 ~西国第三十番札所~ │ 住職語り 『面白の島の四方山話』 │ 極楽橋の竹生島移築の謎! https://www.chikubushima.jp/story/story5.html
※9 竹生島・宝厳寺 ~西国第三十番札所~ │ 宝厳寺探訪(唐門)
https://www.chikubushima.jp/precincts/precincts1.html

